自分史・自伝をつづる目的

自分史や自伝を書き残すのはなんのためでしょうか。大きく分けて以下の4点があげられます。それぞれの目的について、著名人の自伝や自伝評の一節を紐解きながらご紹介します。

1、自身の半生を振り返るため
2、自分自身や祖父母のことを子や孫に伝えるため
3、自分自身のことや子・孫の幼年時代を彼らに伝えるため
4、子や孫に送る言葉を残すため

1、自身の半生を振り返るため

編集者の松岡正剛は自身の書評サイト「千夜千冊」の中で自伝について以下のように述べています。

自伝は、一人の人間がどのように局面と出会ってきたかを綴った記録である。どのように生き、どこで何をし、いつ何を感じたか。口述を含め、それらを自分の言葉で綴ったものである。そこにはつねに意外な局面の連打がある。そこにはさまざまな意味が連なり、意匠が縦横呑吐され、さまざまな意表が去来する。

松岡正剛の千夜千冊第五百二十八夜 荒畑寒村『寒村自伝』上・下

同じ文章の中で、自身が体調や趣向や日和に応じて本を選ぶことを紹介。「インド香をゆっくり聞いたときのように、なんだか落ち着いてくる。」「自伝は、ぼくにとってはアリナミンか、ユンケルか、霊芝なのだ。」と、その読書効果も説明しています。

2、自分自身や祖父母のことを子や孫に伝えるため

江戸中期の儒学者・新井白石(1657―1725)は自叙伝『折たく柴の記』を残しています。父祖のこと、将軍を補佐した事績などを、平易な和漢混交文で記しました。

この中で、執筆の理由を以下のように述べています。

親祖父(おほぢ)の御事(おんこと)、詳らかならざりことこそくやしけれど、今は問ふべき人とてもなし。このことのくやしさに、我が子どもも、また我がごとくのことありなむことを知りぬ。今はいとまある身となりぬ。心に思ひ出づるをりをり、過ぎにしことども、そこはかとなく、しるしおきぬ。

(訳)

親や祖父のことが詳しくわからなくなってしまったのは残念だが、今となっては尋ねる人とていない。このことが残念なので私の子供たちも、私と同じようなことがきっとあるにちがいないということを悟った。今は暇のある身となった。心に思い出すその時々、過去のことなどを、とりとめもなく記しておいた。

3、自分自身のことや子・孫の幼年時代を彼らに伝えるため

福沢諭吉(1835~1901)は自叙伝『福翁自伝』を残しています。平易な談話体で自伝と明治啓蒙期の時代相を語りました。この中で執筆の理由を以下のように述べています。

また私の考えに、人間は成長して後に自分の幼年の時の有様を知りたいもので、他人はイザ知らず私が自分でそう思うから、筆まめなことだが私は子供の生立(おいたち)の模様を書いて置きました。この子は何年何月何日何時何分に産まれ、産の難易は云々、幼少の時の健康は斯く斯く、気質の強弱、生まれつきの癖など、ザットあらまし記してあれば、幼少の時の写真を見ると同様、この書いたものを見れば成長の後、第一面白いに違いない、おのずからまた心得になることもありましょう。

4、子や孫に送る言葉を残すため

米国の政治家・科学者であり、避雷針の発明者としても知られているB・フランクリン(1706~1790)。『フランクリン自伝』は、中でも自律の大切さを説いた「13徳」が特に有名です。その書き出しは以下のようにはじまります。

息子よ。

どんな小さな逸話にせよ、先祖たちの逸話を集めるのは、昔から私にとって楽しいことだった。おまえも覚えているだろうが、おまえといっしょにイングランドへ出かけたとき、いまなおその地に残っている親類の者について調べたり、旅行したりなどしたのもそのためであった。同じようにおまえにとっても、私のこれまでのことを知るのはうれしいだろう。その多くはおまえがまだ知らないことなのだから。それにいま私はへんぴな田舎にいてここ一週間はずっと暇でいられるはずだから、それで一つおまえのために書いてみようと思って机に向かったのである。もっとも、この仕事をやってみたいと思う理由はほかにもいくつかある。私は貧しい賤しい家に生まれ育ち、のちしだいに身を起こして富裕の人となり、ある程度世間に名も知られ、この年になるまでかなりの幸運に恵まれて日を過ごしてきたが、子孫の者からすれば、そうなるまでに私が取り用いた有益な手段――それは神さまのおかげでたいそう成功したが――そのなかには自分の境遇にも役立ち、したがって真似したらよいと考えられるものもあろうから、その手段を知りたいものだと思うことだろう。